涙の出る日
忘れられないものなんですね⤵
私の母は 胃がんで 62歳で亡くなりました(´;ω;`)ウッ…
腕の良い先生だからと 検査の病院で勧められて 何の知識もないまま
ただただ 頭を下げて すがるす思いで 手術をお願いしました~
活きのいい先生で よっしゃ 任しておけ~って感じで 力強くもあり 明るく 安心も
与えてくれる先生でした^^
母も私も 喜び事に当たることなど 人生の中で覚えがなく 誰もが当たらないだろう~
なんてものには 当たってしまうそんな人生でした😓
母の手術は 経過が思わしくなく いつまでも 回復できませんでした😢
やがて・・ 手術で縫った箇所が 1ミリほど 開いているのが分かりました
同じような 手術をたくさん見てきた 入院患者のおじさんが 私に ○○先生も
100人に一人は 失敗するもんなんだな~と 話かけてきました
そして ○○先生も人間だからな・・と
待合室で 何とも言えない悲しさで 胸の押しつぶされる思いがしました
普通1か月入院のところ 母は3か月も入院してました
穴がふさがるまでは 飲まず食わずで 点滴のみでした・・1か月でした
昔は 癌は患者には 知らせないのが普通でした
母も 先生からは 胃潰瘍だから・・という話をされました
勿論 身内の私には 胃がんであること 全摘だという事 ステージ4だということ
本人には 知らせないようにと 口止めされていました
その夜は 母の家に泊まったのですが 布団をかぶって 声を殺して母に気付かれない様
に ボロボロと朝まで 泣いてました
長い入院生活の後は 回復するまで 私の家に 来てもらってました^^
兄は 地方なので 母を気遣うのは 当然私の役目でした
何の抵抗もなく ただただ 母が少しでも元気になればと そんな思いだけでした
子供達も 喜んで 私も休んでいた パート仕事(半日)に 復帰しました~
主人も受け入れてくれて 最初は何の支障もなく 私も 母が側に居る事で 安心もありで
子供のように 嬉しくもありました😊😊
間もなく 1か月が過ぎようとしていた頃 主人が帰るなり 「なんか 薬臭いな😠」って言ったんです
その 言いようで 私は目で 「やめて!」と サインを送りました
主人は 失敗したような顔をしてましたが 自分の親ではないのですから
きっと 煩わしさや うっとうしさを 我慢していたのだと思います
それにしても 母が隣の部屋に居るのに・・です😓
この時の私は 悲しく 悔しく 淋しいのと 母に対して 申し訳ない気持ちで 胸が締め付けられる思いがしました
次の日の朝
母は こう言ったのです・・
「あらあら~ 私も ついつい ここに 長居をしてしまって もう大丈夫だから
自分のアパートに 帰るから~ 明日でも 送っていって^^」と
私 ・・「まだ いいじゃない」
母・・「いやいや 私としたことが ついつい甘えてしまって アパートも心配だし
少しずつ やってみるから 大丈夫だから・・」と
主人に気を遣ってしまって 母を止められなかった自分が 情けなく 力のない自分が
やりきれなかったです
忘れられないんです
この場面が・・
母は この後 段々に弱ってきて持病の喘息が出たりして 3か月後に 亡くなりました
一瞬にして 戻ってしまうんです
不甲斐ない私でした 今もそうです😔